~維新碑探訪~

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大村益次郎生誕地
1839年に鋳銭司の地下医の長男として誕生。
山口市鋳銭司5670-1

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普門寺
文久3年(1863)に萩の藩庁が山口に移り、益次郎はこの普門寺を宿舎とし、諸生に乞われて歩兵・騎兵・砲兵など3兵学を教授したため、その当時普門寺塾、または三兵塾と呼ばれた。
山口市白石3-4-1

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大村神社
大村益次郎を祀るため死後に建てられた。建物の中には益次郎の写真資料が展示されており、境内からは長沢池の湖畔が見渡せる。
山口市鋳銭司3106

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鋳銭司郷土館
大村益次郎の遺品のほか、鋳造された貨幣の展示説明も。
山口市鋳銭司1422

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大村益次郎の墓
1869年9月に刺客に襲われ、11月に大阪の病院で死去。その後生誕地の鋳銭司に運ばれ埋葬される。
隣には妻・琴子の墓も並んで建てられている。
山口市鋳銭司3502